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鴎外の「舞姫」 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 近代文学編)
カスタマーレビュー ![]()
原文は難解だが…
(2008-05-25)
舞姫の原文は一応小説らしく文語体で書かれているが、実に不自然な文語体で古文好きでも難解である。内容をすらすら読みたいのならこういう訳文がよろしかろう。
同じ作者の作品なら高瀬舟の方が万人向けの文体である。
読んでよかった
(2008-02-04)
腹立たしいと思いながらも、舞姫の世界に引き込まれてしまいました。
この作品を読んでいる途中、豊太郎に対して憤りを覚えました。が、何度も何度も考えるうちに、怒りとは異なった感情が。彼に共感したというか。。虚無感が襲ってきたというか。
鴎外は、何を伝えたかったのだろう。いや、何も伝えたくなかったのか!?ああ!!わからん!
読み手によって何とでも受け止められるし…
読み手の「感情」にも左右される作品というか…
これは買い
(2008-01-28)
一度文庫で読んだときに擬古文よりも若干わかりずらい雅文体の文章に戸惑い、通読はしたものの完全に理解した気になれず、もう一度丁寧に読み返してみたいと考えていた。本の中にあるように、舞姫と言えば自分たち若い世代にとっては古典と変わらないものである。文庫の注釈はもちろん文法の解釈を説明している訳ではないのでどうしても完全な理解には少し厳しいものがでてきてしまう。そんなおり、この本に出会った。筑摩の本は平均して他の出版社よりも高いが、この本はページ数は少ないものの内容に比して廉価であると言えると思う。
まず、タイトルだけでは現代語訳だけの本のように思われるが、ちゃんと原文もついていると注意しておきたい。親切なのが、普通の古典の本と変わらない体裁で本文の下に脚注や、文章の解釈が載せられていると言うところ。井上靖という文豪の筆で訳が楽しめると言う点でも角川文庫よりは魅力があるが、その訳も単なる語句の羅列ではなく、一語一語の配列に気を配っているようで、原文のニュアンスを崩さずに伝えているところは流石はと思わせられる。一冊の中に現代語訳、原文、評論、資料と随分沢山詰まっているが、構成にも随分気を遣っている様だ。まず現代語訳で作品のアウトライン・筋を知り、評論を読んで物語に対する新たな視点を与えられる。そしてその後で原文に入っていくのでこの時点で読者は筋を理解した上で先ほどとは違った観点から、美しい語調を味わいながら鴎外の文学をたっぷりと堪能できる訳だ。最後に据えられた資料も理解を深めるためには十分に読む価値がある。
一冊の小説としては内容の反復にすこし辟易させられるが、一冊を読むだけで文章がこんなにも簡単に深く理解できた事はないと自分は思った。擬古文調の文学を敬遠しがちな人には勿論、鴎外ファン(自分は違うが)にも垂涎の一冊であると言えるのでは。
端正な井上靖訳と貴重な資料
(2006-03-13)
「舞姫」は「うたかたの記」「文づかひ」とともに、二十代の?外が、自らのドイツ留学体験をもとに書いた、痛切な青春小説である。文語文で語られたその「雅文体」は、たとえようもなく美しいだけでなく、回想に適した文体でもあるので、「現代語訳」には違和感がないわけではない。だが井上靖の訳文(1982年)は、崩れのない端正な現代日本語になっている。たとえば、はじめて恋人エリスに会うところ。「今この処を過ぎんとするとき、鎖(とざ)したる寺門の扉に寄りて、声を呑みつつ泣くひとりの少女(をとめ)あるを見たり。年は十六、十七なるべし。かむりし巾(きれ)を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、・・・この青く清らにて物問ひたげに愁ひを含める目(まみ)の、半ば露を宿せる長き睫毛に覆はれたるは、何故に一顧したるのみにて、用心深き我が心の底までは徹したるか。」
それがこう訳される。「今この所を通り過ぎようとする時、鎖(とざ)したる寺門の扉にもたれて、声を呑んで泣く一人の少女が居るのを見た。年は十六、十七であろう。被ったマフラーからこぼれている髪の色は薄いこがね色で、・・・この青く清らかで、もの問いたげに愁いを含んでいる目の、半ば涙を宿している長い睫毛に覆われているところなど、どうしてひと眼見ただけで、用心深い私の心の底にまで焼きついてしまったのであるか。」(p23)つまり、原文に近い訳なのだ。原文が付いているので、訳文との日本語の90年の”時差”について色々と考えさせる。関連資料も豊富で、義妹の回想では、?外を追って来日した実在のエリスに森家が慌てた様子が面白い。ベルリンという都市空間から見た前田愛の「舞姫」論や、それを受けた神山伸弘のベルリン考証など、多面的に「舞姫」が鑑賞できる。

